駅前旅館

現在は駅前旅館という言葉もほとんど使われなくなったが、かつてはある程度の規模の駅前には必ず旅館が建ちならんでいたものらしい。
兵庫県但馬地方の南端に位置する播但線生野駅前にも三階建の堂々たる木造旅館があった。現在は営業されていないようであった。鉱山で発展した町だけに、このような立派な旅館の需要もあったのだろう。
【04.03】
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by mago_emon | 2008-09-07 21:52 | 歴史の点描 | Comments(6)  

Commented by R. at 2008-09-07 23:30 x
最近あまり312号線を北上していないのですが
(数年前・神鍋高原に行ったかな)
子供の頃を含めて、2、3度生野(銀山)を訪ねた事があります。
この旅館、ほんとに見たのかどうか怪しいのですが、何となく記憶にある気がします。

このところ、『銀の馬車道プロジェクト』と銘打って、生野~飾磨の道路に沿った地域おこし?の試みがされているようですよ。
Commented by 孫右衛門 at 2008-09-08 22:19 x
このプロジェクトは応援したいですね。それよりも、この地域に高速交通機関が整備されていたことが驚きです。それだけ銀山は国体を維持する重要な産業だったのでしょう。
播但自動車道はできましたが、播但線はちょっと時代の波に取り残された感がありますね。私が一番最初に遠出と言える旅に出た時に乗ったのはこの播但線の急行「但馬」でした。
Commented by R. at 2008-09-08 23:38 x
あ、もしかして、<一番最初に遠出…>とは、餘部鉄橋に行かれた旅でしょうか?
西山さんのブログか、どちらか「いらがぐみ」さんのサイトで拝見したような気がします(間違っていたらごめんなさい。実は、ご本人のHPだったりして(*_*))
私、一度も餘部、香住方面へ行った事がないんですよね。
城崎とか、久美浜とか、鳥取とか、かすっているばかりで。
餘部鉄橋、造り変えられると知って「機会があれば行きたいなー」と漫然と考えていたところ、(今もちょっとひきずっている)例のケガです。
県内なので長年いつでも行けるだろうとか思っていて、現在に至る。。
案外日本海側は感覚的に「遠い」のかも知れません**
Commented by 孫右衛門 at 2008-09-08 23:59 x
初めての鉄道旅行が但馬地方だったことは、1度か2度どこかで書いたことがありますね。どこだったか忘れました。
下車したのは浜坂と香住だけでしたが、当時は姫路まででも相当な大旅行という感覚でした。
確かに但馬地方は京阪神地区とは実際の距離以上の落差がありますね。私が言うのも変ですが、但馬海岸は自然そして漁村の佇まいも美しい所だと思いますよ。
餘部の鉄橋ももう一度見たいという思いがありましたが機会を逸してしまいましたね。
Commented by SU IO at 2008-09-09 06:56 x
昔,駅前旅館何て言う喜劇か映画が有りませんでした。?
私は見た事有りません・・。

私の街には、駅にも遠く,観光地でも無く,温泉が出る訳でも無い,所に旅館が有ります。
よく潰れない物だと、不思議に思います。
Commented by 孫右衛門 at 2008-09-10 21:58 x
温泉でも観光地でも駅前でもない、そんな所にある老舗旅館。
常連客で持っているのか、何か別の要因で経営が成立っているのか。
でもこんな旅館こそ残っていてほしいものです。

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